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HITEN / MUSES-A

工学実験衛星「ひてん」の旅路

1990年1月、宇宙科学研究所は日本で初めての月探査機「ひてん」を打ち上げました。アメリカとソ連に次いで、月へ探査機を送った3番目の国になります。ひてんは月を調べるための探査機ではなく、のちの月・惑星探査に必要な技術を宇宙で確かめる「工学実験衛星」でした。月の重力で軌道を変えるスウィングバイを10回くり返し、地球の大気の上の端をかすめて速さを落とすエアロブレーキを試し、太陽の重力を借りて燃料をほとんど使わずに月へ向かう新しい航路も飛びました。

打ち上げ 1990-01-24 20:46 JST ロケット M-3SII 5号機 質量 197 kg 月面に衝突 1993-04-11 03:03 JST

地球と月のあいだの3つの場面

ORBIT

地球を中心に、太陽がいつも左にくるように回しながら見た図です(地球の公転に合わせて図ごと回しています)。点線が月の軌道です。ひてんの約3年の飛行のうち、日付と距離が発表されている3つの場面を計算で再現しました。

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位置は計算による再現 · 図は黄道面への投影

宇宙で確かめた技術

EXPERIMENTS

ひてんの目的は、月や惑星へ行くための「乗り物の技術」を実際に試すことでした。積んだ観測装置は、宇宙のちりを数えるドイツ・ミュンヘン工科大学の装置ひとつだけです。

技術時期結果
月スウィングバイ1990年3月〜1991年10月月のそばを10回通り、燃料をほとんど使わずに軌道の形を変えた。1回目は月の中心から1万6472km
孫衛星「はごろも」1990年3月19日1回目のスウィングバイの直前に切り離し、月を回る軌道に入れた。電波の送信機が故障したため、エンジンの噴射を地上の望遠鏡で見て確かめた
エアロブレーキ1991年3月19日・30日高度125.5kmと120kmで地球の大気の上の端を通り、秒速1.712mと2.8m減速。遠くの点(遠地点)が約8,665kmと約14,000km下がった
太陽の重力を借りた月への航路1991年〜10月2日地球から約150万kmまで離れ、太陽の重力で向きを変えて月へ。月の近くに来たとき減速の噴射がほとんど要らない航路(弱安定境界)
月を回る軌道へ1992年2月15日月の重力が地球と釣り合う点(L4・L5)のあたりを回ったあと、月を回る軌道に入った
月面へ1993年4月11日燃料を使い切り、秒速約2.5kmで月面のフルネリウス・クレーターの近く(南緯34.3°・東経55.6°)に落下
10回月スウィングバイの回数。それまでの最多だったアメリカのISEE-3の5回を上回った
125.5kmエアロブレーキで通った高さ。秒速11kmで大気の上の端をかすめた
約150万km地球からいちばん遠く離れたときの距離。月までの約4倍
約3年打ち上げから月面に落ちるまで

ひてんの旅

TIMELINE
  1. 打ち上げ

    鹿児島県の内之浦からM-3SIIロケット5号機で打ち上げられました。ロケットの最後の段の加速が秒速約50m足りず、遠地点は予定の47万6000kmより低い約29万kmになりました。そのあと、ひてん自身の噴射で軌道を上げて取り戻しています。

  2. 1回目の月スウィングバイと、はごろもの切り離し

    地球を5周半してから、月の中心から1万6472kmを通過しました。その27分前に孫衛星「はごろも」(約12kg)を切り離し、はごろもは月を回る軌道に入りました。

  3. スウィングバイのくり返し

    月のそばを通るたびに軌道の形を変え、2回の月の通過で軌道がひと回りする「二重月スウィングバイ軌道」を飛びました。計画していた8回のスウィングバイは、1年ほどで予定どおり終えました。

  4. エアロブレーキ

    地球に最も近づくところを高度125.5km、次は120kmに下げて大気の上の端を通り、空気の抵抗で速さを落としました。熱や姿勢の乱れを測り、のちの惑星探査で使う技術の基礎になりました。

  5. 太陽の重力を借りて月へ

    アメリカのベルブルーノらが提案した航路で、月のスウィングバイで地球から約150万kmまで離れ、太陽の重力で向きを変えて月に戻りました。月のそばで速さが小さくなる、燃料の少ない航路です。

  6. L4・L5をめぐって、月を回る軌道へ

    地球と月の重力がつり合う点のうち、月の前後60°にあるL4・L5のあたりを通って宇宙のちりを数えたあと、1992年2月15日22時33分に月を回る軌道に入りました。

  7. 月面に衝突

    燃料がなくなり、月の表側の南東、フルネリウス・クレーターの近くに秒速約2.5kmで落ちて、約3年の運用を終えました。

燃料を使わずに軌道を変える

HOW
01

月スウィングバイ

月のそばを通ると、月の重力に引かれて進む向きが曲がります。地球から見ると、月の動きの後ろを通れば速くなり、前を通れば遅くなります。通る位置を選ぶだけで、燃料をほとんど使わずに軌道を大きく変えられます。

02

エアロブレーキ

地球に近づくところで大気の上の端をかすめると、空気の抵抗でわずかに減速し、次に遠ざかる距離が短くなります。噴射の代わりに大気でブレーキをかける方法で、のちの探査機が火星や金星で軌道を小さくするときに使われています。

03

太陽の重力を借りる航路

地球から150万kmほど離れると、太陽の重力の影響が地球と同じくらいになります。その境目をうまく通ると、太陽の重力で向きが変わり、月にゆっくり近づく軌道に乗れます。のちに、SLIMも同じ考え方で4か月かけて月へ向かいました。

月を回って全体を調べた探査機は月周回衛星「かぐや」、月面に着陸した探査機は小型月着陸実証機「SLIM」で紹介しています。

この記事の計算

METHOD
計算のしかた
地球・月・太陽の重力を受けて飛ぶとして数値計算しました(月と太陽の位置は Astronomy Engine)。発表された日時と距離に合うように、軌道の向きや噴射の大きさを探しています。 地球の形のゆがみ、大気の抵抗(エアロブレーキ以外)、光の圧力は含めていません
①打ち上げ〜1回目
最初の軌道は文部省・宇宙科学研究所の発表(近地点262km・遠地点28万6183km・傾き30.63°・周期6.665日)を使い、軌道の向きと、3回目に地球へ近づいたときの1回の加速(計算では1990年2月14日 0時36分(日本時間)、秒速44m)を、1990年3月18日20時04分09秒(世界時)に月の中心から1万6472.4kmを通るように決めました。 実際には何回かに分けて軌道を上げています。加速後の遠地点は計算で約46万3000km(予定は47万6000km)
②エアロブレーキ
1回目(1991年3月19日0時43分 世界時、高度125.5km、秒速10.99km)と2回目(3月30日11時36分、120km)が発表どおりになるように、軌道の向きと速さを決め、それぞれ秒速1.712mと2.8mの減速を一瞬で行うとしました。 軌道の面は月の軌道の面に近いと仮定。1回目は太平洋上(計算では北緯26°・西経118°)。1回目の減速で遠地点は計算で8,944km下がる(発表 約8,665km)
③月への航路
航路のはじまりの月スウィングバイ(日付は発表されていないので、1991年5〜7月の中から探した)を、1991年10月2日に月へ戻ってくるように選び、最後の12日間はなめらかな補正で月の上空100km(設計の資料の値)に合わせました。 選んだ航路は1991年5月20日に月の中心から1万8200kmを通り、地球からいちばん遠いところで89万km。発表(約130万〜150万km)より近いのは、それだけ遠くまで行く航路では月に戻る日が数日ずれたためです。補正は最大で9,300km。到着の時刻(12時 世界時)も仮定
含めていないもの
2〜10回目のスウィングバイの細かい経過(日付と距離が見つからなかった)、1991年末からのL4・L5のまわりの飛行、月を回る軌道と月面への落下

諸元

SPECIFICATIONS
名称
工学実験衛星「ひてん」(MUSES-A) 孫衛星「はごろも」を搭載
打ち上げ
1990年1月24日 20時46分(日本時間) 鹿児島宇宙空間観測所(内之浦)、M-3SIIロケット5号機
形と質量
直径1.4m・高さ約0.8mの円筒形、197kg 燃料(ヒドラジン)42kg、はごろもを含む。毎分20回転で姿勢を保つ
はごろも
26面体、約12kg 月を回る軌道に入れるための小さなエンジンを搭載
観測装置
宇宙のちりを数える装置 MDC(ドイツ・ミュンヘン工科大学) 約500個のちりを数えた
運用
1990年1月〜1993年4月11日(月面に衝突)

出典

SOURCES

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