小惑星探査機「Hera」の旅路
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Hera(ヘラ)は、ESA(欧州宇宙機関)の小惑星探査機です。2022年9月、NASAの探査機DARTが小惑星ディモルフォスに体当たりし、親の小惑星ディディモスを回る周期を約33分縮めました。地球にぶつかりそうな小惑星の軌道を、ぶつけて変える「惑星防衛」の初めての実験です。Heraはその現場へ行き、ぶつかった跡やディモルフォスの重さ・中身を調べて、この方法がどれだけ効いたのかを確かめます。日本は熱赤外カメラTIRI(ティリ)を載せています。到着は2026年11月の予定で、当初の12月より1か月早まりました。日本の探査機ではありませんが、日本の観測装置を載せた探査機として、このシリーズで紹介します。
地球から火星を回って、二重小惑星へ
ORBIT太陽を上から見た図です。赤い線がHeraの航路、点線が地球・火星・ディディモスの軌道、黄色の丸が噴射をした場所です。Heraは打ち上げのあと噴射で火星へ向かい、2025年3月に火星の重力で軌道を曲げて(スウィングバイ)、ディディモスの軌道に乗りました。太陽からいちばん遠い約2.4AUを回り、2026年2月の噴射で到着の日と速さを合わせています。航路はESAが公開している実際の軌道で、2026年10月17日より後(図の点線の部分)はまだ飛んでいない予定の軌道です。
最後の1か月、秒速275mから秒速13cmへ
APPROACH2026年10月、Heraはディディモスに秒速約275mで追いつきながら、噴射で少しずつ速さを落としました。上がディディモスまでの距離、下がディディモスに対する速さです(どちらも目盛は10倍ごと)。10月15日の1回目の減速(93分)で秒速約97mに、22日の2回目の減速で秒速約12mになり、そのあとの小さな噴射で秒速十数cmまで下げて、約30kmのところで止まるように近づきます。
| 噴射 | 日時(日本時間) | ディディモスまで | 速さ(噴射の前→後) |
|---|---|---|---|
| 減速の試し | 10月2日 11時 | 約35万5000km | 秒速285m → 275m |
| 1回目の減速(BRM-1) | 10月15日 9時46分 | 約4万8000km | 秒速275m → 97m(93分間の噴射)。同じ日の20時の調整で77m |
| 2回目の減速(BRM-2) | 10月22日 6時37分 | 約2,500km | 秒速77m → 12m(約31分)。同じ日の20時の調整で6.2m |
| 小さな噴射 1 | 10月25日 11時 | 約850km | 秒速6.2m → 2.9m |
| 小さな噴射 2 | 10月28日 11時 | 約120km | 秒速2.9m → 0.3m |
| 小さな噴射 3 | 10月31日 11時 | 約60km | 秒速0.3m → 0.1m |
時刻と速さは軌道データからの計算です(噴射は一瞬で終わるとみなしています)。ESAは2回目の減速を「2,300kmの位置で秒速70m減速し、残りは秒速20m」と発表しています。10月17日より後は予定の軌道です。
DARTがぶつかった二重小惑星
TARGETディディモスは直径約800mのそろばん玉のような形の小惑星で、そのまわりを直径約150mのディモルフォスが回っています。2022年9月27日(日本時間)、DARTは秒速約6kmでディモルフォスにぶつかり、公転の周期を11時間55分から11時間22分へ、約33分縮めました。ぶつかった勢いは、飛び散った岩や砂の反動で約2倍に増えていたとみられ、2026年3月には、2つの組が太陽を回る周期も0.15秒変わっていたと発表されました。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| ディディモス | 約820×800×600m(体積から求めた直径 約730m)、2.26時間で1回転 |
| ディモルフォス | 約180×170×115m(同 約150m)。DARTの衝突の前の形 |
| 2つの間隔と周期 | 中心から約1.15km、11時間22分で1周(衝突の前は11時間55分) |
| DARTの衝突 | 2022年9月27日 8時14分(日本時間)、約580kg、秒速約6.1km |
| 太陽を回る軌道 | 太陽から約1.0〜2.3AU、約770日で1周。衝突で周期が0.15秒変わった(速さで秒速約12µm) |
日本の熱赤外カメラ TIRI
JAPANTIRI(Thermal InfraRed Imager)は、JAXAが開発し明星電気が作った熱赤外カメラです。小惑星の表面の温度を測り、昼と夜の温まり方・冷え方の違いから、表面が砂なのか岩なのか、すき間がどれくらいあるのかを調べます。はやぶさ2の中間赤外カメラTIRの経験を生かしていて、フィルターを替えて岩石の成分の違いも見分けられるようにしました。2024年10月には、遠ざかる地球と月を約140万〜380万km離れたところから撮り、性能を確かめています。
| 項目 | TIRI |
|---|---|
| センサー | 冷却のいらない赤外線センサー(マイクロボロメータ)、1024×768画素 |
| 視野と細かさ | 13.0°×9.9°、1画素0.013°。20km離れたところで1画素 約4.6m(計算) |
| 波長 | 8〜14µm。広い帯域1つと狭い帯域6つ(7.8〜13.0µm)のフィルター |
| 測れる温度 | 約−120〜+180°C(150〜450K)。誤差3K以下 |
| 重さ・電力 | 3.94kg、10〜15W |
| 調べること | 熱慣性(温まりにくさ)から表面と内部のようす、ディディモスとディモルフォスの違い、DARTがぶつかった跡 |
ぶつけて、確かめて、次の小惑星へ
PLANETARY DEFENSEHeraは、小惑星から地球を守るための国際的な取り組みの一部です。DARTで「ぶつけて動かす」ことを試し、Heraでその効き目を測り、次は2029年4月に地球のすぐそばを通る小惑星アポフィスで、欧州と日本のRAMSESとDESTINY+が続きます。
DART(NASA)
ディモルフォスに体当たり。公転の周期が約33分縮み、ぶつけて小惑星の軌道を変えられることを初めて示した。
Hera(ESA)
衝突の跡と、ディモルフォスの重さ・中身を測る。DARTの効き目を数字で確かめ、ほかの小惑星に使えるようにする。日本はTIRIを担当。
RAMSES(ESA・日本)
機体の設計の多くをHeraから受け継ぐアポフィス探査機。日本はTIRIの後継の熱赤外カメラ、軽い太陽電池パドル、H3ロケットでの打ち上げを担当(2026年5月に協力の取り決め)。
Heraの旅
TIMELINE打ち上げ
米国フロリダ州のケープカナベラルから、SpaceXのFalcon 9ロケットで打ち上げられました。10月10〜15日には、TIRIなど3つのカメラで、遠ざかる地球と月を撮影しています。
深宇宙噴射で火星へ
3つのエンジンを100分間ふかして秒速約146m加速し、11月6日の13分間の噴射(秒速約20m)とあわせて、火星へ向かう軌道に入りました。
火星スウィングバイと衛星ダイモス
21時10分(日本時間)に火星の衛星ダイモスの約300kmを、21時51分に火星の上空約5,700kmを秒速9.3kmで通り、火星の重力で軌道を曲げました。ダイモスの裏側の撮影は珍しく、2026年8月には、その画像からダイモスが大きな衝突で形を変えた「がれきの集まり」だとする研究も発表されています。
小惑星や彗星で装置を試す
小惑星オテロ(約300万km)とケリーデイ(約600万km)を撮り、10月25日〜11月1日には、太陽系の外から来た3I/ATLAS彗星の尾の中を通りました。10月にはESAが、到着を1か月早めて2026年11月にすると発表しました。
2回目の深宇宙噴射
2月12日・14日・28日の3回の噴射と小さな修正で、合計秒速367m。ヒドラジン123kgを使い、ディディモスに着く日と速さを合わせました。
初めて目標が見えた
打ち上げからちょうど2年、約23万6500km離れたところから、カメラが1画素の点としてディディモスをとらえました。
2回の減速
1回目は93分、2回目は約31分の噴射で、ディディモスに対する速さを秒速約275mから秒速十数mまで落としました。このあと小さな噴射を3回して、さらにゆっくり近づきます。
2つの小惑星が分かれて見えた
約1,280km離れたところから、小惑星撮影カメラ(AFC)がディディモスとディモルフォスを別々の点としてとらえました。それまでは1つの点にしか見えていませんでした(ディモルフォスはまだ約1画素)。ESAの発表(10月27日)では撮影は「10月18日(金)の夜」ですが、2026年10月18日は日曜日で、この記事の軌道データではその日のHeraはまだ約2万2000km手前にいます。1,280kmになるのは23日(金)の夜遅くなので、ここでは23日ごろとしました。ディモルフォスの詳しい画像は、11月25日に公開される予定です。
到着と、最初の観測
約30kmのところから、2つの小惑星の形や重さを調べ始めます。直線の弧を描いては噴射で向きを変える飛び方で、小惑星のまわりにとどまります。
小型衛星を放つ
スーツケースほどの大きさの2機、Milani(ミラニ)とJuventas(ユベンタス)を放ちます。Juventasはレーダーでディモルフォスの中を調べ、最後は着陸を試みます。Heraは少しずつ近づき、終わりごろは1km前後から観測する計画です。
この記事の計算
METHOD- 航路
- ESAがNASA/JPLの天体位置計算サービスHorizonsで公開しているHeraの軌道(軌道ファイル hera_fcp_000099、2026年10月17日までは追跡にもとづく軌道、その後は予定)から、噴射と噴射のあいだの位置と速さを約100組取り出し、太陽と惑星の重力でつなぎました。 Horizonsの位置との差は、太陽を回る区間で最大170km、火星のそばで4km、ディディモスのそばで0.5km以下(2026年10月25日に取得)
- 噴射
- 軌道データの速さの、太陽の重力では説明できない変わり目から、噴射の時刻と大きさを求めました。 1回目の深宇宙噴射は計算で秒速142m(ESAの発表は約146m)、2回目の深宇宙噴射は3回で計367m(発表 367m)
- 火星スウィングバイ
- 計算では2025年3月12日21時51分(日本時間)に、火星の中心から9,060km(上空約5,670km)を秒速9.3kmで通過。ダイモスとの最接近は21時10分に約300km(297km)です。
- ディディモスとディモルフォス
- 位置はHorizonsから。形はDARTの形状モデル(NASA PDS、Daly ほか 2023年)を、星空のページでは5,120面に間引いて使っています。 大きさは形状モデルの値です。資料によって、ディディモスは約780〜850m、ディモルフォスは約150〜170mと書かれています
諸元
SPECIFICATIONS- 名称
- Hera(ヘラ) ギリシア神話の女神の名前
- 開発・運用
- ESA(欧州宇宙機関)。機体はドイツのOHBが中心になって製作 日本(JAXA)は熱赤外カメラTIRIを担当し、データの解析にも加わる
- 打ち上げ
- 2024年10月7日 23時52分(日本時間) 米国ケープカナベラル宇宙軍基地、SpaceX Falcon 9
- 形
- 本体 約1.6×1.6×1.7m、太陽電池パドル2枚
- 観測装置
- カメラ AFC(2台)、多波長カメラ HyperScout-H、レーザー高度計 PALT、熱赤外カメラ TIRI(日本)、電波による重さの測定 小型衛星 Milani(表面の成分)と Juventas(レーダー、重力計)を積む
- 運用の予定
- 2026年11月から約6か月の観測。主な観測は2027年の半ばごろまで
出典
SOURCES- ESA’s Hera targets early arrival at Didymos asteroids(ESA、2025年10月7日)到着を1か月早めて2026年11月に、2026年2月の噴射
- Braking news! Time for ESA’s Hera asteroid mission to go slow(ESA、2026年10月7日)2回の減速の予定と小さな噴射
- Hera completes second braking maneuver(Starlust、2026年10月25日)2回目の減速の発表(2,300km、秒速70m、残り秒速20m)
- Hera burns towards Mars(ESA、2024年11月8日)1回目の深宇宙噴射と11月6日の噴射
- Europe's Hera probe boosts speed(Space.com、2026年3月25日)2回目の深宇宙噴射(3回、秒速367m、ヒドラジン123kg)
- Europe's Hera probe arrives this month(Space.com、2026年10月14日)初めてとらえたディディモス(23万6500km)、11月上旬に約30km、小型衛星は1月
- First light: Hera resolves two asteroids instead of one(ESA、2026年10月27日)2つの小惑星を別々にとらえた画像(1,280km、AFC)、ディモルフォスの詳しい画像は11月25日
- Hera operations(ESA)到着後の飛び方、小型衛星、観測の終わり
- Hera (space mission)(Wikipedia)打ち上げ、火星とダイモスの通過、航行中の観測、観測の段階
- Hera ミッション(JAXA)DARTの衝突、TIRIの役割
- Hera搭載 熱赤外カメラ(TIRI)の初期観測画像(JAXA宇宙科学研究所、2024年)地球と月の撮影、開発と製造
- Okada et al., The Thermal InfraRed Imager on Hera(Space Science Reviews 221, 104、2025年)TIRIの仕様と科学目標
- Hera・RAMSES・DESTINY+(JAXA)日本の役割、惑星防衛のつながり
- JAXAとESAの惑星防衛の協力・RAMSESの取り決め(JAXA、2026年5月8日)RAMSESへの日本の担当
- NASA's DART mission changed orbit of asteroid Didymos around Sun(NASA、2026年3月6日)太陽を回る周期の変化、運動量増幅係数
- DART Shape Model Bundle(NASA PDS 小天体ノード)形状モデル(Daly et al. 2023, Nature 616, 443)
- JPL Horizons(NASA/JPL)Heraの軌道(ESA)、ディディモス・ディモルフォスの位置
- Astronomy Engine太陽・惑星の位置計算