さきがけ・すいせいの旅路
1986年、ハレー彗星が76年ぶりに太陽へ近づきました。日本、ソ連、ヨーロッパ、アメリカは探査機を送り、まとめて「ハレー艦隊」と呼ばれました。日本の宇宙科学研究所(いまのJAXA宇宙科学研究所)は、この機会に初めての惑星間探査機を2機つくりました。試験機として先に飛んだ「さきがけ」と、本番の「すいせい」です。どちらも直径1.4mの円筒形で、質量は約140kg。地球の重力を振り切って太陽を回る軌道に乗った、日本で最初の探査機です。
ハレー彗星との待ち合わせ
ORBIT太陽を上から見た図です。2機は地球とほぼ同じ面を、地球と同じ向きに太陽を回ります。ハレー彗星は、この面に対して約18°傾いた軌道を逆向きに回っていて、1986年2月9日に太陽に最も近づきました。その1か月後、太陽に近い側から帰っていく彗星と、2機はほぼ正面からすれ違いました。白い線がハレー彗星、赤がすいせい、黄色がさきがけです。
ハレー艦隊
HALLEY ARMADAハレー彗星に近づいた6機の、核からの最接近距離を比べた図です。ヨーロッパのジオットは核から約600kmまで飛び込んで核の写真を撮り、ソ連のベガ1号・2号は約8,000〜9,000kmを通りました。日本の2機は、彗星のまわりに広がる水素の雲や、彗星と太陽風がぶつかるところを、遠くから調べる役目でした。4つの宇宙機関は「IACG」という会議をつくって観測の計画を分担し、ベガが測った核の位置で、ジオットの狙いを絞り込みました(パスファインダー計画)。
| 探査機 | 最接近(世界時) | 距離 | 相対速度 |
|---|---|---|---|
| ベガ1号 | 3月6日 07:20 | 8,890 km | 79.2 km/s |
| すいせい | 3月8日 13:06 | 15万1000 km | 73.0 km/s(計算) |
| ベガ2号 | 3月9日 07:20 | 8,030 km | 76.8 km/s |
| さきがけ | 3月11日 04:18 | 699万 km | 75.3 km/s(計算) |
| ジオット | 3月14日 00:03 | 約600 km | 68 km/s |
| ICE(米国) | 3月28日 | 約3100万 km | — |
1986年。日本時間は世界時に9時間を足します(すいせいは3月8日22時05分)。ジオットの距離は資料により596〜605km。
2機の旅
TIMELINEさきがけ打ち上げ
鹿児島県の内之浦から、新しいM-3SIIロケットの1号機で打ち上げられました。地球の重力を振り切って太陽を回る軌道に入った、日本で最初の探査機です。名前の通り、ロケットと探査機の試験も兼ねた「先駆け」でした。1月10日と2月14日に軌道を修正し、2月には磁場を測るための長さ2mのブームとアンテナを伸ばしました。
すいせい打ち上げ
M-3SIIロケット2号機で打ち上げられました。同じ日、管制は東京・駒場から長野県・臼田の64mアンテナへ移りました。太陽のまわりを約282日で回る軌道で、ハレー彗星との待ち合わせ場所へ向かいます。
水素の雲を撮る
すいせいは、紫外線のカメラで、彗星の核から出た水が分解してできる水素の雲(水素コロナ)を撮り始めました。雲の明るさが2.2日ごとに変わることや、12月16日の大きな増光をとらえました。同じ日に軌道修正も行い、最接近の距離を21万kmから15万kmに近づけています。
ハレー彗星が太陽に最も近づく
太陽から8780万km(0.587天文単位)のところを通過しました。地球からは太陽の向こう側で、観測しにくい時期でした。
すいせい、15万1000kmを通過
彗星の太陽側を、秒速約73kmで通り抜けました。水の分子がイオンになって太陽風にとり込まれるようすや、彗星のまわりで太陽風が減速するようすを観測しました。最接近の12分前と20分後には、ちりの粒が当たって回転の軸がわずかに傾きましたが、観測は続けられました。
さきがけ、699万kmを通過
彗星から離れた太陽風の中で、磁場とプラズマの波を測りました。彗星がつくるキロメートル波長の電波を見つけています。このあと3月14日には、ジオットが核のそば約600kmまで飛び込みました。
すいせい、地球へ戻る軌道へ
小さなエンジンを15回噴射して秒速65m加速し、1992年に地球のそばを通る軌道に乗りました。燃料は1991年2月に尽きました。
さきがけ、地球スウィングバイ
地球の中心から8万8997kmを通り、地球の重力で軌道を変えました。日本の探査機として初めての地球スウィングバイです。その後も1993年と1994年に地球のそばを通りました。
すいせいの運用終了
地球のそばを通過して、運用を終えました。燃料がないため、計画していた別の彗星(1998年のジャコビニ・ツィナー彗星など)への旅はあきらめました。
さきがけの運用終了
1995年に観測データの受信が途絶え、そのあとは電波の信号だけを受けていました。燃料が足りず、1996年のホンダ・ムルコス・パイドゥシャコバ彗星、1998年のジャコビニ・ツィナー彗星への接近もあきらめ、1999年1月に運用を終えました。
ハレー彗星という目標
HOW逆向きに回る彗星
ハレー彗星は約76年で太陽を回る周期彗星です。惑星とは逆向きに回っているので、地球の近くから出発した探査機とは正面衝突に近い形になり、すれ違う速さは秒速70km前後になります。追いついて並んで飛ぶことはできず、一瞬ですれ違いながら測るしかありません。
遠くから全体を見る
核のすぐそばに行けば核の形はわかりますが、ちりにぶつかる危険があります。日本の2機は、遠くから水素の雲の広がりや、彗星と太陽風の関わりを測りました。近くと遠くを各国で分担して、彗星のまわり全体を調べたのがハレー艦隊です。
深宇宙と話す設備
何億kmも離れた探査機と交信するため、長野県の臼田に直径64mのアンテナがつくられました(1984年)。打ち上げに使ったM-3SIIロケットも、この2機のために改良されたものです。このとき整えた設備と経験が、のちの「ひてん」「のぞみ」「はやぶさ」へとつながっていきます。
この記事の計算
METHOD- ハレー彗星
- 国際ハレー彗星監視計画(IHW)の軌道(JPL 軌道 No.61)で、日付ごとに一番近い時期の軌道要素を使っています。 元の予報との差は角度で約1秒。太陽に最も近づいたのは1986年2月9日、太陽から0.587天文単位
- すいせい
- 打ち上げ(1985年8月18日23時33分 世界時)から最接近(1986年3月8日13時05分49秒 世界時)までを、エンジンを使わない軌道(ランベール問題の解)でつなぎました。最接近は、彗星の太陽側15万1000kmを、相対速度に直角な向きに通るとしています。 計算: 太陽のまわりの周期285日(発表 約282日)、地球を離れる速さ 秒速2.96km、彗星との相対速度 秒速73.0km。1985年11月14日の軌道修正は含めていません
- さきがけ
- 宇宙科学研究所(DARTS)が公開しているさきがけの位置の記録(1985年2月〜1986年2月の13日分)と、発表された最接近(1986年3月11日4時18分 世界時、699万km)の両方にいちばん合う軌道を求めました。 記録との差は16万〜90万km。周期319日(発表 約319日)、彗星の太陽側を通過、相対速度 秒速75.3km(計算)
- 1992年の地球スウィングバイ
- ハレー彗星のあとの軌道は、太陽を6周して1992年1月8日14時08分47秒(世界時)に地球の中心から8万8997kmを通る軌道でつなぎました。 1986〜91年の軌道修正は最初にまとめて入れています(合計 秒速130m)。地球の重力で約42°曲がる向きは、発表されたその後の軌道(0.924〜1.132天文単位、約381日)に合うように選び、計算では0.925〜1.132天文単位・381日
- 含めていないもの
- 打ち上げ直後と1985年11月の軌道修正の細かい経過、惑星の重力による乱れ、すいせいのハレー以後の航路
諸元
SPECIFICATIONS- 名称
- ハレー彗星探査試験機「さきがけ」(MS-T5)、ハレー彗星探査機「すいせい」(PLANET-A)
- 打ち上げ
- さきがけ 1985年1月8日 4時26分、すいせい 1985年8月19日 8時33分(日本時間) 鹿児島宇宙空間観測所(内之浦)、M-3SIIロケット1号機・2号機
- 形と質量
- 直径1.4m・高さ70cmの円筒形、さきがけ138kg、すいせい140kg 回転しながら姿勢を保つ(ふだんは毎分6.3回転)。太陽電池で約100W
- 観測装置
- さきがけ: プラズマ波、太陽風イオン、惑星間の磁場 / すいせい: 紫外線カメラ(水素の雲)、太陽風の電子とイオン
- 最接近
- すいせい 1986年3月8日 15万1000km、さきがけ 1986年3月11日 699万km
- 運用
- すいせい 1985年8月〜1992年8月、さきがけ 1985年1月〜1999年1月
出典
SOURCES- さきがけ(JAXA宇宙科学研究所)打ち上げ、質量・形、周期約319日、運用の終了
- すいせい(JAXA宇宙科学研究所)打ち上げ、太陽を回る軌道、運用の終了
- 上杉邦憲 ほか「ハレー彗星探査機の軌道と運用」(宇宙科学研究所報告)すいせいの最接近の時刻と距離、ちりの衝突
- Suisei and Sakigake(NASA PDS)形と質量、回転、観測装置
- Kaneda et al., Nature 321(1986)すいせいの紫外線観測、水素の雲
- Oya et al., Nature 321(1986)さきがけのプラズマ波観測
- IAU Circular 4155水素の雲の2.2日周期、12月16日の増光
- The Halley Armada(The Space Review)各探査機の最接近、軌道修正
- MS-T5 Sakigake / PLANET-A Suisei(Gunter's Space Page)地球スウィングバイ、中止された彗星への計画
- さきがけ 軌道データ(DARTS)さきがけの日ごとの位置
- International Halley Watch ephemeris(NASA PDS)ハレー彗星の軌道要素
- 宇宙科学研究所の沿革(JAXA)臼田宇宙空間観測所(1984年)
- Astronomy Engine地球・惑星の位置計算