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宇宙マイコン物語 · VOYAGER 1

1光日先、飛び続けて49年のコンピュータ
ボイジャー1号の旅とメモリの修理

2026年11月18日、NASAのボイジャー1号は地球から光で24時間の距離に届きます。人がつくった物で初めての「1光日」です。1977年に打ち上げられ、木星と土星を訪ね、太陽の風が届かない星間空間へ出た探査機は、今も1970年代の設計の3台のコンピュータで動いています。2023年11月、その1台のメモリのチップが壊れ、地球に届くデータが意味のない0と1のくり返しになりました。チップは取り替えられません。地上の技術者は、片道22.5時間先のメモリの中で、壊れた場所を避けてプログラムを移し替えました。マーズ・パスファインダー、スピリットに続く、宇宙のコンピュータを地上から立ち直らせた3つ目の物語です。

打ち上げ 1977-09-05 1光日 2026-11-18 19:16(日本時間) 太陽から 約172AU 修理 2024年4月、片道22.5時間

11光日へ

ONE LIGHT-DAY

光は1秒に約30万km進みます。1日では約259億km。NASAは、ボイジャー1号が2026年11月18日に地球から約258億9000万km、つまり1光日の距離に届くと発表しました。地上から送った電波がボイジャーに届くまで24時間、ボイジャーの返事が戻るまでさらに24時間かかります。プロジェクト・マネージャーのスザンヌ・ドッド氏は「ボイジャーに『こんにちは』と言いたければ、メッセージを送って家に帰り、2日待ってやっと返事が来る」と話しています。

JPLの軌道データ(JPL Horizons)で地球からの距離を計算すると、ちょうど1光日になるのは11月18日 10時16分07秒(世界時)、日本時間 19時16分07秒です。そのときボイジャー1号は太陽から約172AU(地球と太陽の距離の約172倍)、太陽に対して秒速約17kmで遠ざかっています。地球は太陽のまわりを回っているので、地球からの距離は1年の中で少し伸び縮みしながら増えていきます。

1光日を越えても、ボイジャーのまわりで何かが変わるわけではありません。それでも、半世紀前に打ち上げた機械が、まだ地球と話しながらここまで来たことは、それ自体が大きな記録です。

TIME

1光日になる時刻

JPL Horizons の軌道(-31)で、地球の中心からボイジャー1号までのその瞬間の距離が 25,902,068,371km(光の速さ×86,400秒)になる時刻を求めました。報道で見かける「06:16:07 UTC」は、分と秒がこの値と同じで、時だけが4時間ずれています。米国東部の夏時間(世界時−4時間)の時刻を世界時と書いたものと考えられます。電波が出てから届くまでの動きまで入れて数えると、19日 2時17分(世界時)になります。

ORBIT

1992年からあとは予測

Horizons のボイジャー1号の軌道は、1981〜1992年の追跡データを2022年に解析し直したもので、それより後は予測です(2030年の向きの不確かさは約1.7秒角)。1981年より前は、惑星との出会いに合わせた「おおよその軌道」です。

2木星・土星、そして太陽圏の外へ

THE GRAND TOUR

ボイジャー1号は1977年9月5日、米国フロリダ州のケープカナベラルから、タイタンIIIE・セントールロケットで打ち上げられました。双子のボイジャー2号は2週間ほど早い8月20日に打ち上げられていますが、1号のほうが速く短い航路をとったので、先に木星に着きます。

1979年3月5日に木星の雲の上27万7400kmを通り、衛星イオに火山を見つけました。1980年11月12日には土星を訪ね、その少し前に、厚い大気に包まれた衛星タイタンのすぐそばを通ります。タイタンに近づく航路を選んだため、土星の重力でボイジャー1号は黄道面(惑星がほぼそろって回る面)の北側へ曲げられ、ほかの惑星へは向かわずに太陽系の外へ出ていきました。下の図を最後まで動かすと、航路が黄道面から北へ持ち上がっていくのが分かります。

1990年2月14日、約60億km先から、カメラを太陽系の方へ向けて「家族写真」を撮りました。そのうちの1枚が、地球が小さな点に写った「ペイル・ブルー・ドット」です。2004年12月には太陽風が急に遅くなる末端衝撃波を越え、2012年8月25日、太陽圏の外側の境界(太陽圏界面)を越えて、星と星のあいだの空間に入りました。

ボイジャー1号の49年の航路

HELIOCENTRIC · ECLIPTIC
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黄道面を斜めから見た図(遠くへ行くほど傾ける) · 縮尺は距離に合わせて変わる · 航路は JPL Horizons(1981年より前はおおよその軌道)
できごと日付(世界時)太陽からの距離メモ
打ち上げ1977-09-05 12:561AUタイタンIIIE・セントール
木星に最接近1979-03-05 12:055.3AU雲の上27万7400km。イオの火山
タイタンに最接近1980-11-12 05:409.5AUこのあと黄道面の北へ
土星に最接近1980-11-12 23:469.5AU雲の上約12万4000km
家族写真1990-02-1440AUペイル・ブルー・ドット。最後の画像
パイオニア10号を抜く1998-02-1769AUいちばん遠くの人工物になる
末端衝撃波2004-12-1594AU太陽風が急に遅くなる
太陽圏界面2012-08-25122AU星間空間へ
1光日2026-11-18 10:16172AU地球から258億9000万km

33台のコンピュータ

CCS · AACS · FDS

ボイジャーには役目の違う3種類のコンピュータがあり、どれも2台ずつ積んでいます。マイクロプロセッサが広まる前の設計で、CPU は部品を組み合わせて作られました。ボイジャーは、飛んでいる途中でプログラムを書き換えられるコンピュータを積んだ最初の探査機の一つで、木星・土星の観測の手順も、そのあとの長い旅のやり方も、地上から送るプログラムで変えてきました。

コンピュータ役目中身(資料による)
CCS
Computer Command Subsystem
地上からの命令を受けて、ほかの装置へ配る。故障を見張るバイキング探査機のコンピュータをもとにした設計。18ビット、めっき線メモリ 4K語
AACS
Attitude and Articulation Control Subsystem
機体の向き(ジャイロ、スラスタ)と、カメラの台の向きを決めるCCS と同じ作り。18ビット、めっき線メモリ 4K語
FDS
Flight Data Subsystem
観測装置と機体の状態のデータを集め、地球へ送る形に詰める16ビット、アセンブリ言語。宇宙機で初めて CMOS のメモリを使った。電源が切れると消えるメモリなので、原子力電池から専用の電源線で守っている

このうち FDS が、今回の主役です。観測装置や機体のセンサーの値を決まった形に並べ、テレメトリ変調器(TMU)を通して地球へ送ります。木星のそばでは毎秒115.2キロビットで送っていましたが、遠くなった今は毎秒40ビット。速い送り方のためのプログラムは、もう使っていません。

40と1のくり返し

NOVEMBER 2023

2023年11月14日、ボイジャー1号から届くデータが、読めないものに変わりました。0と1が交互に並ぶだけで、観測のデータも、機体の状態のデータも入っていません。電波そのものは届いていて、地上からの命令も受け取っているように見えます。けれど中で何が起きているのかは、ボイジャー自身が教えてくれません。

運用チームは、FDS がテレメトリ変調器とうまくやりとりできていないところまで絞り込みました。12月には FDS の再起動を試しましたが、直りません。命令を1つ送るたびに、結果が分かるのは約45時間後です。

5ポークとメモリの読み出し

THE POKE

2024年3月1日、チームは「ポーク」と呼ぶ命令を送りました。FDS に、いつもと違う手順でプログラムの各部分を動かさせ、壊れた場所を避けて何かが出てこないかを確かめるためです。

3月3日、届いた信号の一部が、それまでの0と1のくり返しと違っていました。NASA の深宇宙通信網(DSN)の技術者が解き明かすと、それは FDS のメモリ全体の読み出しでした。プログラムのコード、変数、送る前のデータまで、すべてが入っています。故障の前に読み出してあったメモリと比べられるようになりました。

4月4日、原因が発表されます。FDS のメモリの約3%が壊れていて、その原因は1つのチップでした。チップの中の1ビットが0か1に張り付いて変わらなくなり、そこに置いてあったプログラムが正しく動かなくなっていたのです。宇宙の高エネルギーの粒子に当たったのか、46年の劣化なのかは分かりません。

6壊れた256ビットを避ける

MOVING THE CODE

チップは取り替えられません。そこで、壊れた場所にあったプログラムを、メモリのほかの場所へ移すことにしました。ところが、そのプログラムがまるごと入る空きが、どこにもありません。半世紀前のコンピュータのメモリは、隅々まで使われていたからです。

チームはプログラムをいくつかに分け、別々の空きに置くことにしました。分けたかけらが1つのプログラムとして動くように中を直し、ほかの場所からそのプログラムを呼んでいるところも、新しい場所を呼ぶように書き換えます。場所を空けるために、木星・土星のそばで使っていた速い送り方のプログラムなど、もう使わない部分を消しました。ただし、ほかの送り方と共通に使っている部分は消してはいけません。

下の図は、その考え方を模式にしたものです。「自分で試す」で、分け方や消し方を変えてみてください。

FDS のメモリで何が起き、どう直したか

EXPLAINER · TRY IT
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模式図: マスの数(128マス、1マス=256ビット)、並び、かけらの大きさは説明のためのもの。NASA が発表したのは「1つのチップ(約3%)」「256ビットのかたまり」「まるごと入る空きがない」「分けて置き、呼び出し先を書き換えた」「使わない部分を消し、共通のコードは残した」まで

最初に移したのは、機体の状態のデータを詰めるプログラムでした。4月18日に命令を送り、片道約22.5時間で届き、返事が戻るまでさらに22.5時間。4月20日、5か月ぶりに、ボイジャー1号の状態が読める形で届きました。JPL の会議室で喜ぶチームの写真が公開されています。

7そのあとのボイジャー1号

AFTER THE FIX

2024年5月19日、修理の2段目として、観測データを送り始める命令を送りました。4つの観測装置のうち2つはすぐに戻り、残りの2つも手を入れて、6月13日にすべての観測データが戻ったと発表されました。そのあと、3台のコンピュータの時計を合わせ直し、プラズマ波の観測データを記録するテープレコーダーの手入れも行っています。

ボイジャーの電気は、プルトニウムの崩壊熱を電気に変える原子力電池(RTG)から来ています。1年に約4ワットずつ減るので、使う装置を少しずつ止めてきました。2026年4月17日には低エネルギー荷電粒子の観測装置(LECP)を止め、今動いている観測装置は磁力計とプラズマ波の2つです。9月には、機体を温める3つの装置を消費電力の少ないものに一度に切り替える「ビッグバン」を行い、次の装置を止める時期を先に延ばしました。

2026年10月18日と19日には、予定していた2回の交信でボイジャー1号の電波が見つからず、20日に電波が戻りました。スラスタの1組が止まり、予備に切り替わって、故障のときの安全な状態に自分で入っていたことが分かっています(原因は調査中)。ボイジャー1号でこうしたことが起きたのは初めてです。

双子のボイジャー2号も、地球から約210億km先で観測を続けています。2023年7月には、まちがった命令でアンテナの向きが2度ずれ、2週間ほど交信できなくなりましたが、強い電波で向きを戻す命令を届けて立ち直りました。

8年表

CHRONOLOGY
日付(世界時)できごと
1977-09-05打ち上げ
1979-03-05木星に最接近
1980-11-12タイタン、土星に最接近。このあと黄道面の北へ
1990-02-14家族写真(ペイル・ブルー・ドット)
2004-12末端衝撃波を越える
2012-08-25太陽圏界面を越え、星間空間へ
2023-11-14読めないデータ(0と1のくり返し)になる
2023-12FDS の再起動を試すが直らない
2024-03-01ポークの命令
2024-03-03メモリ全体の読み出しが届く
2024-04-04原因は1つのチップ(メモリの約3%)と発表
2024-04-18機体のデータを詰めるプログラムを移す命令
2024-04-20機体の状態のデータが戻る
2024-05-19観測データを戻す命令
2024-06-134つの観測装置すべてのデータが戻ったと発表
2026-04-17LECP を止める(動いている観測装置は2つに)
2026-09「ビッグバン」(3つの装置を省電力のものへ)
2026-10-18〜20電波が2日間見つからず、20日に戻る
2026-11-18地球から1光日

出典

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